正解求めちゃいがち、どうもバッシーです。
今回はちきりんさん著書「自分の意見で生きていこう」の読書感想を書いていこうと思います。
まず、この本ですが自分の意見や言うのちょっと躊躇うな。だって間違ってたら。。。
と思っている人は読んだ方がいいです。(これは意見)
で、この本の1章で既に面白くて、というか改めて言われると当たり前やん。みたいな話なんですが、そこんとこ理解できてなかったなという所をズバリ言ってくれてます。
そもそも「正解がある問題と正解がない問題に分けなはれ。」
正解がある問題というのは例えば、、2+2=4とか筋トレをすれば筋肉が大きくなるとかですね。
こういう問題は「調べれば分かる問題」で意見は持てないんですね。
2+2=6だろ!っていう人に伝えるべきは2+2=4ですよ。ということになるわけです。ここに意見は存在しません。
で、もう一つ「正解がない問題」。
これは分かりやすい例で言うと「フリーランスになって働くべきかどうか?」みたいな問題ですね。
これに関しては「フリーランスの方が自由度が高くていいぜ!」という意見もあれば、「いやいやフリーランスは収入的に不安定になってしまうからやめた方がいい」といった意見もあるわけです。
でこの問題を解決するにはどうすればいいかですが、正解がある問題は「調べる」に対して正解がない問題に答えを出す方法は「考える」です。ただし正解は存在はしません。
あるのは意見だけ。
だからインフルエンサーや業界のカリスマの人が言っていることも結局は「一意見」であるということ。
で、結局何が言いたいかと言うと
何か解決したい、どうすればいいか分からんとなった時には、
「正解がある問題なのか、ない問題なのかをまず考えればいい」
ということ。
それが分かってれば、正解がある問題は調べればいいだけだし、正解がない問いに関しては「へーあなたはそう思うんだ。私はこう思うよ」という感じになって割と感情の浮き沈みも必要なくなるなと感じたわけです。
意見に正しさとか間違いとか求めてたな〜と。
自分がやってるダイエットに関して言えば「痩せた方が死亡率が低くなるか?」というのは正解のある問題ですが、「ダイエットをするべきかどうか?」に関しては正解のない問題です。
なんかこういう風に切り分けて考えると色んな人の意見をフラットな感情で見れるなと改めて感じて、自分の意見を言うのも怖くないなと感じたわけです。
まだ1章ですが既に気づきがすごく続きを読むのが楽しみです。
興味ある人はぜひ!
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